ここまで何度も説明してきたように、人間が幸せを感じられるためには、社会の秩序が一定以上に保たれている必要があります。
もし、戦争、殺人、強盗、詐欺、いじめ、パワハラ、セクハラ、自分勝手な行動、思いやりのない発言等が溢れている社会であったら、私たちは、幸せを感じることがとても難しいです。
そのような社会であったら、常に、不安やストレスを感じ、精神的に落ち着くことができないため、幸せを感じることが難しいのです。
このことから分かるように、人間が幸せを感じられるためには、社会の秩序が一定以上に保たれている必要があるので、「社会の秩序を維持して生きる」というのは、とても価値のある生き方だと言えます。
それは、「全ての人の幸せにつながる生き方」「全ての人の幸せに貢献する生き方」という意味で、とても価値のある生き方なのです。
やまと式道徳教育では、「『全ての人が幸せを感じられる社会』を実現させる生き方、維持する生き方」を「道徳的生き方」と考えています。
ですから、やまと式道徳教育における「道徳的生き方」は、とても価値のある生き方だと言えます。
それは、「全ての人の幸せにつながる生き方」「全ての人の幸せに貢献する生き方」という意味で、とても価値のある生き方だと言えるのです。
さて、「『全ての人が幸せを感じられる社会』を実現させる生き方、維持する生き方」というと、自分にはとてもできない、とても難しいことのように思うかもしれません。
ですが、誰にでもできる身近なことの中にも、「『全ての人が幸せを感じられる社会』を実現させること、維持すること」につながることは、たくさんあります。
例えば、家族、友人、クラスメート等の、普段接している人に対して、「思いやりを持って接する」「気遣いをする」「困っているときは助ける」といったことをするなら、それは、「『全ての人が幸せを感じられる社会』を実現させること、維持すること」に、確実につながっています。
それだけでなく、普段接している人に対して、そのように接することは、実際は、とても重要だと言えます。
なぜなら、世界の全ての人が、普段接している人に対して、常に、そのように接していれば、社会の状態は、今よりも、確実に良くなるからです。
「道徳的生き方」と言うと、自分には、とてもできない、とても難しいことのように思うかもしれません。
ですが、誰にでもできることはありますし、それは、とても価値のあること、とても重要なことなのです。
ですから、みなさんも、是非、「道徳的生き方」をしてください。
そして、自分の価値を高めてください。
世の中には、「全ての人の幸せにつながる生き方」とは反対に、「自分の幸せ」だけを考え、自分勝手に、わがままに行動し、困っている人や社会の問題に、まったく関心を持たずに生きている人がいます。
ですが、世界の多くの人が、そのような生き方をしたら、社会の秩序は確実に乱れてしまいます。
そして、社会の秩序が乱れてしまったら、私たちは、幸せを感じる事ができなくなるのです。
ですから、そのような生き方は、価値のある生き方とは言えません。
そのような生き方は、言ってしまえば、多くの人を不幸にし、最終的には自分自身も不幸にする、価値のない生き方なのです。
人間が幸せを感じられるためには、社会の秩序が一定以上に保たれている必要があります。
ですから、「『全ての人が幸せを感じられる社会』を実現させる生き方、維持する生き方」という、やまと式道徳教育における「道徳的生き方」は、とても価値のある生き方だと言えるのです。
それは、「全ての人の幸せにつながる生き方」「全ての人の幸せに貢献する生き方」という意味で、とても価値のある生き方なのです。
まとめ
やまと式道徳教育における「道徳的生き方」は、「全ての人の幸せにつながる生き方」「全ての人の幸せに貢献する生き方」という意味で、とても価値のある生き方です。
「『全ての人が幸せを感じられる社会』を実現させる生き方、維持する生き方」というと、とても難しいことのように思うかもしれませんが、誰にでもできることは、たくさんあります。
たくさんあるだけでなく、誰にでもできる身近な「道徳的行為」は、実際は、とても価値のあること、とても重要なことなのです。
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