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「主体性」を持ち、かつ、互いに「協力」し合っている

※ここで言う「主体性」とは、「自分の『意志』と『判断』で行動しようとする態度」という意味です。



「やまと式道徳教育を実践している人」は、「主体性」を持ち、かつ、互いに「協力」し合っています。


全ての人は、普段の生活の中で、「家族」「地域社会」「友人の集まり」「学校」「会社」「国家」等、様々な「全体」と関わっていますが、全ての「全体」には、何らかの「目的」があるので、全ての人は、それぞれの「全体」において、「その全体の目的」を実現させるための「行動」や「振る舞い」をしています。


「全体の目的」を実現させるための「行動」や「振る舞い」をしていると、様々な「問題」や「困難」が起こります。

また、「全体」を取り巻く「状況」や「環境」は、常に、少なからず変化しています。

ですから、「全体を構成する全ての人」は、「全体の目的」を実現させるために、様々な「問題」や「困難」や「状況や環境の変化」に、素早く、的確に、臨機応変に対処する必要があります。

そして、そのためには、「全体を構成する全ての人」が「主体性」を持つ必要があります。


「主体性」がある人は、「問題」や「困難」が起きたとき、「状況」や「環境」が変化したとき等に、自分で「何をすべきか」を考え、判断し、行動できます。

また、「主体性」がある人は、「役割分担」が明確でなかったり、「自分の役割」を聞かされていなかったりしても、自分で「自分の役割」を考え、見つけ、それを行なうことができます。

また、「主体性」がある人は、「自分の役割(与えられた仕事)以外のこと」でも、必要なら率先して、それを行なうことができます。

ですから、「全体を構成する全ての人」が「主体性」を持っていれば、その「全体」は、様々な「問題」や「困難」や「状況や環境の変化」に、素早く、的確に、臨機応変に対処することができますし、それができるので、発展するスピードが早く、安定もしているのです。


一方、「主体性」がない人は、「自主的」に行動できません(指示されなければ行動できません)。

また、「主体性」がない人は、「言われたこと」しか行ないませんし、逆に、「言われたこと」なら、「それは正しいか」「本当に必要か」等を考えずに行なってしまいます。

また、「主体性」がない人は、「自分」をしっかり持っていないので、周りの人に流されて、「全体」にとって本当に必要な「発言」や「行動」をすることができません。

ですから、「全体を構成する全ての人」が「主体性」を持っていなかったら、その「全体」は、様々な「問題」や「困難」や「状況や環境の変化」に、素早く、的確に、臨機応変に対処することができませんし、活動のスピードが遅く、安定もしていないのです。


「全体を構成する全ての人」には、それぞれの「役割」がありますが、どのような「役割」でも、「その人にしか分からないこと」「その人にしか気付けないこと」があります。

ですから、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が、自分の頭で、「何をすべきか」「それは必要か、必要でないか」「より良く行なうためには、どうすればいいか」等を考え、判断し、行動する必要があるのです。

つまり、「全体を構成する全ての人」が、「主体性」を持つ必要があるのです。


さて、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が「主体性」を持つ必要があるのですが、「主体性」を持つだけでなく、「互いに協力し合う」必要があります。


「全体を構成する全ての人」が「主体性」を持っていたとしても、「自分のこと」だけを考えて行動していたり、「自分の考え」にこだわり過ぎたりしていたら、自分の作業は「はかどる」かもしれませんが、周りの人との「連携」がうまくとれなくなるので、「全体」の活動の「効率」は下がります。

そして、「全体の実力を十分に発揮させること」ができなくなり、「全体の目的」を実現させることができなくなります。

ですから、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が、「主体性」を持つだけでなく、「互いに協力し合う」必要があるのです。


さて、これらのことから分かるように、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が、「主体性」を持ち、かつ、「互いに協力し合う」必要があるのです。


「全体を構成する全ての人」が「主体性」を持っていなかったら、「全体」は、様々な「問題」や「困難」や「状況や環境の変化」に、素早く、的確に、臨機応変に対処することができません。

また、「全体を構成する全ての人」が、互いに「協力」し合わなかったら、「連携」がうまくとれないので、「全体」の活動の「効率」が下がります。

ですから、「全体の目的」を実現させるためには、「全体を構成する全ての人」が、「主体性」を持ち、かつ、「互いに協力し合う」必要があるのです。


このような理由から、「やまと式道徳教育を実践している人」は、「主体性」を持ち、かつ、互いに「協力」し合っているのです。