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常に「平常心」を保っている

※ここで言う「平常心」とは、「『感情』が一切動いていないときの静かな心」「何もしていないときの落ち着いた心」「気負いも、思い入れも、執着もない平静な心」という意味です。



「やまと式道徳教育を実践している人」は、常に「平常心」を保っています。


人間には、「喜び」「怒り」「悲しみ」「楽しみ」「浮かれ」「焦り」「嫉妬」「羞恥」「緊張」「驚き」「恐怖」「興奮」等の「感情」があります。

また、この「感情」は、自分の「意志」とは関係なく勝手に湧いてきます。


「感情が湧いている状態(感情が動いている状態)」は「平常心を失っている状態」ですが、人間は「平常心」を失うと、正しい「判断」や「行動」をするのが難しくなります。

そして、「間違い」や「失敗」が増えたり、「理想のパフォーマンス」ができなくなったりします。


例えば、スポーツにおいて、得点を決めた後に「喜び」の「感情」を強く持ち過ぎると(平常心を失うと)、「集中力」が切れて、その隙に相手に得点されることがあります。

理不尽なことを言われたときに、「怒り」の「感情」を強く持ち過ぎると(平常心を失うと)、「言いたいこと」が、うまく言えなくなったり、「言うべきでないこと」を言ってしまったり、「適切な対応」ができなくなったりすることがあります。

「嫌なこと」があったときに、あまりにも「悲しんでいる」と(平常心を失っていると)、「ポジティブに考えること」や「正しい判断をすること」が難しくなるので、「人生をいい方向へ向かわせること」が難しくなります。

「楽しいこと」があったときに、我を忘れて「楽しんでいる」と(平常心を失っていると)、節度を失い、「間違い」や「失敗」が増えてしまいます。

褒められたり、おだてられたりして「浮かれ」ていると(平常心を失っていると)、相手に騙されやすくなります。

焦ったり、「せかせか」したりしていると(平常心を失っていると)、「じっくり考えること」や「じっくり取り組むこと」ができなくなるので、「間違い」や「失敗」が増えてしまいます。

「嫉妬心」を強く持つと(平常心を失うと)、「自分をコントロールすること」が難しくなるので、「信用を失う行動」や「人間関係を壊す行動」をすることが増えてしまいます。

「恥ずかしい」と強く思ったり、ひどく「緊張」したりすると(平常心を失うと)、頭の中が真っ白になり、理想の「行動」や「立ち居振る舞い」をするのが難しくなります。

すごく「驚く」と(平常心を失うと)、思わず手にしているものを落としたり、さっきまで考えていたことを忘れたりしてしまいます。

「恐怖心」を強く持つと(平常心を失うと)、「適切な判断」や「適切な行動」をするのが難しくなります。

「絶対にいい結果を出すんだ!!」と「意気込み」過ぎていると(平常心を失っていると)、気持ちが空回りして、かえって「いい結果」を出すのが難しくなります。


このように、人間は「平常心」を失うと、正しい「判断」や「行動」をするのが難しくなり、「間違い」や「失敗」が増えたり、「理想のパフォーマンス」ができなくなったりするので、基本的には、常に「平常心」を保っているのが望ましいと言えます。

当然、やまと式道徳教育を実践する場合も、常に「平常心」を保っているのが望ましいです。


「全体をまとめる働きかけ」をしているときに、「問題」が起きたからといって、「動揺」したり、「冷静さ」を失ったりすると(平常心を失うと)、「言うべきでないこと」を言ってしまったり、「言うべきこと」が言えなくなったり、「やるべきでないこと」をやってしまったり、「やるべきこと」ができなくなったりします。

「作業」がはかどらないからといって、「イライラ」したり、「せかせか」したりしていると(平常心を失っていると)、「正しい判断」をするのが難しくなります。

「絶対に『全体』をまとめるんだ!!」と「意気込み」過ぎていると(平常心を失っていると)、「気持ち」が空回りして、かえって「全体をまとめること」が難しくなります。

ですから、やまと式道徳教育を実践する場合も、常に「平常心」を保っているのが望ましいのです。


世の中には、「平常心を失うこと(感情が動くこと)」を普通のことだと考え、「平常心」を失っても気にしない人がいます。

ですが、「平常心」を失うと、正常な「判断」や「行動」をするのが難しくなるので、「間違い」や「失敗」は確実に増えますし、「理想のパフォーマンス」をするのも難しくなります。

また、常に「平常心」を保っているのは簡単ではありませんが、常に意識し、努力していれば、誰でも、少なからず、「平常心」を保てるようになります。

ですから、「やまと式道徳教育を実践している人」は、常に、意識して「平常心」を保っているのです。

「普段自分が関わっている『全体』をまとめる」ために、常に「平常心」を保っているのです。