※ここで言う「向上心」とは、「自分の『能力』や『性質』等を『より優れたもの』にしようとする心」という意味です。
また、「向上心を持って取り組む」とは、「自分の『能力』や『性質』等を『より優れたもの』にすることを考えて取り組む」という意味です。
「やまと式道徳教育を実践している人」は、常に「向上心」を持っています。
「やまと式道徳教育を実践している人」は、常に率先して、普段自分が関わっている「全体」をまとめていますが、実際に「全体をまとめることが、できるかどうか」は、「『全体をまとめる能力(技術)』があるか、ないか」によって決まります。
「全体をまとめる能力(技術)」には、「全体をまとめるために必要なことを見抜く能力」「全体を構成する全ての人をまとめる能力」「人を育てる能力」「『共存共栄の世の中を維持、つくりだす物事』と『共存共栄の世の中を乱す物事』を見分ける能力」「論理的思考能力」「優しさ」「厳しさ」「勇気」「精神的強さ」「常に、平常心を保つ能力」等があります。
このような「能力(技術)」があれば「全体をまとめること」ができますが、なければ「全体をまとめること」はできません。
また、その「能力(技術)」が高ければ、より「全体をまとめること」ができますが、低ければ、あまり「全体をまとめること」はできないのです。
さて、「全体をまとめることが、できるかどうか」は、「『全体をまとめる能力(技術)』があるか、ないか」によって決まるので、「全体をまとめる能力(技術)」を高めることは、やまと式道徳教育を実践する上で(普段自分が関わっている「全体」をまとめる上で)、とても重要になります。
世の中には、「能力(技術)」が高い人もいれば、低い人もいますが、誰でも、どのような「能力(技術)」でも、それを高める「努力」をすれば、以前の状態よりは高めることができます。
「どうすれば、能力(技術)が高まるか」を考える。
その考えに基づいて実行する。
その結果を分析する。
その分析に基づいて、さらに「どうすれば、能力(技術)が高まるか」を考える。
その考えに基づいて実行する。
その結果を分析する。
このようにPDCAサイクルをひたすら繰り返せば、どのような「能力(技術)」でも、少なからず高めることができます。
「能力(技術)」は、「これで十分」と思ったら、それ以上は高まりません。
ですが、「分からないこと」を分かろうとし、「できないこと」をできるように「努力」し、うまくできなくても、諦めずに「努力」し続けていれば、つまり、常に「向上心」を持って取り組んでいれば、少なからず高めることができるのです。
特に「全体をまとめる能力(技術)」は、特別に、そのための時間をつくらなくても、普段の生活の中で高めることができます。
例えば、普段自分が関わっている「家族」「地域社会」「友人の集まり」「学校」「会社」等において、常に、「どうすれば、『全体を構成する全ての人』をまとめることができるか」を考え、工夫し、その働きかけをしていれば、徐々に、その理解が深まり、少なからず、その「能力(技術)」は高まっていきます。
また、誰でも、普段の生活の中で様々なことを考えますが、「考える」ときに、常に「論理的に思考すること」を意識し、人の話を聞くときや、何らかの情報に接するときも、常に「論理的整合性」を意識していれば、徐々に「論理的思考能力」は高まっていきます。
また、人と接するときに、常に「優しさ」と「厳しさ」を意識していれば、徐々に、「優しさ」と「厳しさ」を持って相手に接することができるようになっていきます。
また、様々な「行動」や「立ち居振る舞い」をするときに、常に、「勇気」「精神的強さ」「平常心を保つこと」を意識していれば、徐々に、その「能力」は高まっていきます。
このように、「全体をまとめる能力(技術)」は、常に「向上心」を持って生活していれば、普段の生活の中で高めることができるのです。
「全体をまとめることが、できるかどうか」は、「『全体をまとめる能力(技術)』があるか、ないか」によって決まります。
ですから、その「能力(技術)」を高めることは、やまと式道徳教育を実践する上で、とても重要だと言えます。
また、「全体をまとめる能力(技術)」は、常に「向上心」を持って生活していれば、普段の生活の中で高めることができます。
ですから、「やまと式道徳教育を実践している人」は、常に「向上心」を持っているのです。
「普段自分が関わっている『全体』を、より上手にまとめること」ができるようになるために、常に「向上心」を持っているのです。