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常に「真剣さ」を持っている

「やまと式道徳教育を実践している人」は、常に「真剣さ」を持っています。


「やまと式道徳教育を実践している人」は、常に率先して、普段自分が関わっている「全体」をまとめていますが、実際に「全体をまとめる」ためには、常に「真剣さ」を持っている必要があります。


「真剣さ」がなく、「軽い気持ち」「浮ついた気持ち」でいたら、様々な「問題」を解決し、様々な「困難」を乗り越えていくことなどできません。

ふざけあって、冗談ばかり言っていたら、「全体を構成する全ての人をまとめること」などできません。

「真剣さ」がなく、格好つけてばかりいたり、「へらへら」したりしていたら、「必要なこと」を確実に行なうことなどできません。

常に「真剣さ」を持っていなければ、「失敗」を未然に防ぐことはできません。

これらのことから分かるように、常に「真剣さ」を持っていなければ、「全体をまとめること」はできないのです。

ですから、「やまと式道徳教育を実践している人」は、常に「真剣さ」を持っているのです。


さて、「やまと式道徳教育を実践している人」は、常に「真剣さ」を持っているのですが、「常に真剣さを持って生きる」と言うと、それは、真面目で堅苦しい「つまらない生き方」のように思うかもしれません。

たしかに、「真剣」に生きると、理想を高く持つことになるので、苦労が増えるのは事実です。

ですが、実際は、「真剣に生きることを楽しむ」というのは、誰にでもできることです。


常に、「真剣」に「向上心」を持って、普段自分が関わっている「全体」をまとめていれば、「全体をまとめる能力」が身に付くので、徐々に、「普段自分が関わっている『全体』をまとめること」ができるようになります。

そして、徐々に、普段自分が関わっている「全体」がまとまっていくので、徐々に、そこからの「ストレス」が減り、「楽しむこと」「気楽でいること」ができるようになります。

このようなことを実感しながら、常に「真剣さ」を持って生きるというのは、「つまらないこと」ではなく、「楽しいこと」のはずなのです。

また、それは、誰にでもできることなのです。


世の中には、ふざけ合って、冗談ばかり言って、テキトウでいる方が、「真剣」でいるより気楽でいいと思っている人がいます。

確かに、それで何の問題もなければ、その方がいいと思います。

ですが、常に、ふざけ合って冗談ばかり言って、テキトウでいたら、「家族」「地域社会」「友人の集まり」「会社」「国家」等の、普段自分が関わっている「全体」を「まとめること」などできません。

そして、それができないので、結局は、常に、そこから「ストレス」を受けることになります。


気楽でいることや冗談を言うことは、それ自体は「悪いこと」ではありません。

ですが、「真剣さ」をまったく持っていなかったら、「全体をまとめること」も「『共存共栄の世の中』を実現させ、維持すること」もできないのです。

つまり、「幸せ」を感じることが難しくなるのです。


ですから、「やまと式道徳教育を実践している人」は、常に「真剣さ」を持っているのです。

気楽にしているときでも、楽しんでいるときでも、冗談を言っているときでも、その他、どのようなことをしているときでも、心のどこかに「真剣さ」を持っているのです。

「やまと式道徳教育を実践している人」は、「普段自分が関わっている『全体』をまとめる」ために、常に「真剣さ」を持っているのです。