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誰と接するときでも、常に「気遣い」をする

※ここで言う「気遣い」とは、「相手の『気持ち』や周りの人の『気持ち』を察し、人間関係が『互いの尊厳が保たれている状態』になるように立ち居振る舞うこと」「その場の空気を読み、その場にいる人を『嫌な気分』にさせないように立ち居振る舞うこと」という意味です。

また、「互いの『尊厳』が保たれている状態」とは、「互いに相手から、最低限以上『価値ある存在』『尊い存在』として認められ、大切にされている状態」のことです。



「共存共栄の世の中を実現させ、維持する」ためには、「誰と接するときでも、常に『気遣い』をする」という「人間関係のルール」が必要です。


ほとんどの人は、どのような人と知り合っても、当初は「気遣い」をするので、人間関係は「いい状態(互いの『尊厳』が保たれている状態)」に保たれます。

ですが、人間関係が長く続くと、緊張感が薄れ、「遠虜をしなくなる」「わがままを言う」「自分勝手な行動をする」というように、「気遣い」をしなくなるので、人間関係は「悪い状態(互いの『尊厳』が保たれていない状態)」になります。


このように、人間関係は、「気遣い」をしているうちは「いい状態」に保たれますが、「気遣い」をしなくなると「悪い状態」になるので、人間関係を「いい状態」に保つためには、常に、互いに「気遣い」をする必要があります。


さて、人間関係を「いい状態」に保つためには、常に、互いに「気遣い」をする必要があるので、「共存共栄の世の中(全ての人が『幸せ』を感じられる世界)」を実現させ、維持するためには、世界の全ての人が、「誰と接するときでも、常に『気遣い』をする」必要があります。


「気遣い」をする上で重要なのは、「相手の『気持ち』や周りの人の『気持ち』をよく考えて察すること」「その場にいる人との人間関係を『互いの尊厳が保たれている状態』にするためには、どうすればいいかをよく考えること」、また、「その場にいる人を『嫌な気分』にさせないためには、どうすればいいかをよく考えること」です。


「自分は良くても、相手はどう思うか」をよく考えます。

周りの人が「大丈夫」と言っていても、「本当に大丈夫か」をよく考えます。

「言われなければいい」「これくらいなら大丈夫だろう」とは考えず、「相手を、嫌な気分にさせないように」「失礼のないように」と考えます。

「何をどうすれば『相手が喜ぶか』『周りの人が、嫌な気分にならないか』」をよく考えます。

このようなことを考えて、常に「気遣い」をするのです。


「『せき』をするときは、手で口をふさぐ」
「『作業に集中している人』がいたら、作業の邪魔をしないようにする」
「自転車や自動車で歩行者を追い越すときは、相手を驚かせないように、距離を開け、速度を落として追い越す」
「タバコを吸うときは、タバコを吸わない人を気遣って、窓を開け、煙を外に出す」
「落ち込んでいる人がいたら、『自分のうまくいっていることの話』や『自慢話』をしないようにする」
「落ち込んでいる人がいたら、声を掛けて励ます」
「困っている人がいたら、心配し、助ける」
「周りの人が『不快』に思うことは、言いたくても言わない」
「周りの人が『不快』に思う立ち居振る舞いは、したくてもしない」
「相手が『言いたいこと』をうまく言えないようなら、うまく言えるように導いてあげる」
「『一つしかないもの』を使うときは、自分ばかりが使わず、相手にも使わせてあげる」

「共存共栄の世の中を実現させ、維持する」ためには、世界の全ての人が、誰と接するときでも、常に、このような「気遣い」をする必要があるのです。


「気遣い」をすることに慣れていない人は、「常に『気遣い』をしていたら疲れる」と思うかもしれません。

もちろん、常に「必要以上の気遣い」をしていたら疲れますし、「苦手な人」や「理不尽な人」と接していると、「気遣い」をすることによってではなく、「苦手な人だから」「理不尽な人だから」という理由で疲れます。

ですが、「気を遣うポイント」を理解し、「気遣い」をすることに慣れれば、「気遣い」をすることによって疲れることはありません。

むしろ、常に「気遣い」をすることによって、人間関係が「いい状態」に保たれるので、ストレスによる疲れはなくなるのです。


また、「気遣い」を全くしていないと、悪気はなくても相手を傷つけたり、周りの人に嫌な思いをさせたりして、人間関係が悪くなることがありますが、常に「気遣い」をしていれば、そのようなことは起こらないのです。


このように、「常に『気遣い』をしていたら疲れる」と思うかもしれませんが、実際は、常に「気遣い」をしているからこそ、人間関係が「いい状態」に保たれ、快適に過ごすことができるのです。


人間関係を「いい状態(互いの『尊厳』が保たれている状態)」に保つことができるかどうかは、「互いに『気遣い』をし続けることができるかどうか」にかかっています。

ですから、「共存共栄の世の中を実現させ、維持する」ためには、「誰と接するときでも、常に『気遣い』をする」という「人間関係のルール」が必要になるのです。